カギの歴史と進化

日本の鍵

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日本での鍵の進化

日本での鍵の誕生は、645年の大化の改新の頃と言われています。
大阪府羽曳野市の野中寺の東側に広がる野々上遺跡にて、土器やかわらなどと一緒に出土されたのが鍵でした。海老の形をしていることから、海老錠とも呼ばれています。
推定650年ころに使用されていたとされる鍵は、現在、日本で最も古い鍵とされています。

しかし、昔の人々にとって鍵はあまり重要なものではなかったようです。
江戸時代ごろは、国内も安定した時期で、治安も悪くないため、あまり戸締りをする必要がなかったと言います。ほとんどの場合は戸への心張り棒などで事足りていたようでした。

また、長屋に暮らす近隣住民とのコミュニティができあがっていたので、怪しいものはすぐ噂になり、下手なことはできないような雰囲気でした。
わざわざ鍵を掛けるのは、蔵に掛ける簡単な鍵くらいでした。

日本独自の和錠は、こういった理由もあってか最古の鍵である海老錠からさほど変化をみせませんでしたが、戦の減った徳川幕府時代に、武器職人から錠前職人へと転職した多くの鍵師が和錠の出来を競いあい、阿波錠、土佐錠、因幡錠、安芸錠など、富を得た商人などが自慢の蔵に飾るために造られたといいます。